日本競馬史に名を刻む名手、岡部幸雄さん。通算2943勝という記録を打ち立て、2005年に騎手を引退した彼の人生は、競馬ファンなら誰もが知る伝説です。
なぜ彼は第一線を退いたのか、引退後は何に情熱を注いでいるのか、そして2025年現在はどうなっているのか。この記事では、岡部さんの引退理由やその後の歩みに迫ります。
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岡部幸雄のプロフィール
岡部幸雄(おかべ ゆきお)さんは、1948年10月31日、群馬県出身の元騎手です。
1967年にデビューし、38年間でJRA通算2943勝を挙げ、当時の最多勝記録を樹立。モットーは「馬優先主義」で、アメリカ仕込みの技術で日本競馬をリードしました。
主な騎乗馬には、1984年に無敗のクラシック三冠を達成したシンボリルドルフや、皐月賞馬ジェニュイン、海外G1を制したタイキシャトルなど名馬がずらり。特にシンボリルドルフとのコンビは伝説的で、競馬ファンの心に深く刻まれていますね。
引退後は在来馬保護やアドバイザーとして活躍し、2020年には旭日小綬章を受章。馬への愛情とユーモア溢れる人柄で、今も多くの人に慕われています。
騎手を引退した理由は身体の衰え
数々の偉業や伝説を遺してきた岡部幸雄さんが引退を決めたのは、2005年3月10日、アスリートとしては高齢の部類に入る56歳のときでした。
引退の会見で岡部さんは理由について次のように述べました。
「自分の体が動かず、思っていることができない。これでは勝てる馬を勝たせることができず、馬に迷惑がかかる」
最後の最後まで馬優先主義を貫いたと言える見事な引き際です。
岡部さんの身体に変化が見え始めたのは、2000年(52歳)を過ぎたころからで、2002年の有馬記念を最後に約1年の休養に入りました。左膝半月板の手術をするなどボロボロになった身体のメンテナンスをする一方、リハビリをして2004年1月25日に復帰。
しかし、休養前のような成績を残すことはできず、2005年に入ると騎乗に違和感を覚えるようになったそうです。思ったような騎乗ができなくなり、自分が乗ることが馬にとって良くないと考えるようになったそうです。
騎手からすると年間数百のうちの1回の騎乗であっても、馬にとっては自身の評価、はっきり言えば命を繋ぐことができるかどうかの戦い。その重みを知る岡部さんが自ら身を引いたのは必然と言えるでしょう。
また、騎乗の動きが不安定ということは接触事故にも繋がりかねず、自分だけでなく多くの人の命を危険に晒すことに耐えられなかったのかもしれませんね。
多くの人は50歳を過ぎても現役を続けられたことに注目をしてしまいますが、私は最後の引き際こそ、騎手・岡部幸雄の美学であり到達点だと今も思っています。
引退後に出家して大僧正に…はなっていない
引退後の岡部幸雄さんについて調べると、なぜか「出家」や「大僧正」など仏教的なキーワードがヒットをします。
これはどうやら競馬ファンの間で広まった愛称のようです。大僧正という呼び方は、引退後の外見に由来している可能性が高いでしょう。近年、メディアに登場する岡部さんは坊主頭に近いスタイルになったことから、掲示板やSNSで「大僧正」と冗談めかして呼ばれることがあります。
確かに現役時代のイメージは全くなく、元騎手よりもお坊さんのような雰囲気になっていますが、坊主にしたのか、それともなったのかは明らかになっていません。
ただ、岡部さんは現役時代に坊主になったことがあります。
ひとつは1984年2月、杉浦宏昭騎手が進路妨害をした際に激高してレース中に殴り、反省をして坊主に。このとき、殴ったのは素手か鞭かは諸説あります。
もうひとつは2004年1月25日、約1年間の休養後の復帰戦に坊主姿で登場しています。こちらは生まれ変わった、心機一転の意味があったそうです。
また、一部では癌(がん)治療の副作用で髪の毛が無くなったという声もありましたが、岡部さんが闘病中という情報は確認されていません。
特に二つ目のエピソードを見ると、現役引退と第二の人生の幕開けという大きな節目を迎えるにあたり、生まれ変わる意味で坊主にしたのかもしれませんね。
2025年現在は沖縄で在来馬の保護活動に尽力
最後に岡部幸雄さんの2025年現在について見ておきましょう。
引退後はJRAアドバイザーや競馬解説者として活動をしていましたが、現在は沖縄県南城市にある「うみかぜホースファーム」を拠点に、在来馬ヨナグニウマの保護やボランティア活動に取り組んでいます。
生活は成田と沖縄の自宅を往復する日々と明かしていますが、他の取材では1年のうち360日くらいは沖縄に居ると語っています。また、岡部さんはスキューバダイビングやサーフィンを趣味にしていたこともあるので、沖縄は最高の土地と言えるでしょう。
現役時代は厳しい環境ということもあって苦虫を嚙んだような表情で取材に応えていましたが、引退した今は非常ににこやかで「これがあの岡部!?」と驚く人も多いそうです。
引退から約20年、岡部さんの人生は馬と共にあり続けています。在来場の保護活動や持続可能性について取り組むことは、モットーの馬優先主義の延長線であり、長らくお世話になった馬に対する恩返しと言えるかもしれませんね。
まとめ:引退と新たな歩みは馬と一緒に
岡部幸雄さんが騎手を引退されたのは、2005年3月10日のこと。56歳という、アスリートとしてはベテランの年齢でした。2000年を過ぎたころから体に変化を感じられ、2002年の有馬記念を最後に休養と手術を経験。2004年に復帰されたものの、昔のような動きができなくなり、自ら「ここまで」と決断したことは、岡部さんの美学そのものだと感じます。
引退後は「出家したの?」とか「大僧正って呼ばれてる」なんて噂も飛び交いましたが、これは坊主頭の見た目からファンの皆さんが親しみを込めてつけた愛称みたいです。実際、現役時代にも1984年の出来事で反省の坊主にされたり、2004年の復帰時に心機一転で坊主にされたりと、節目での想いを髪で表現していました。
そして2025年現在、岡部さんは沖縄の「うみかぜホースファーム」でヨナグニウマの保護に励んでいらっしゃいます。成田と沖縄を行き来しながらも、ほとんど沖縄で過ごされていて、スキューバやサーフィンも楽しまれる素敵な毎日。厳しかった現役時代とは打って変わって、にこやかな笑顔に「これが岡部さん!?」と驚く方も多いそうです。馬への恩返しを続けられる姿は、本当に温かくて素晴らしいですね。
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